いつだって物語は時代に寄り添うものである。ウルトラシリーズといえどその例外ではない。ウルトラマンの前に度々姿を現してきたバルタン星人もまた、時代の変遷とともに、その描かれ方も移り変わってきた。

 ここでは、飯島敏宏が監督したバルタン回のみを扱い、『ウルトラマン』(1966)第2話・第16話でのバルタン回を昭和、『劇場版ウルトラマンコスモス THE FIRST CONTACT』(2001)・『ウルトラマンマックス』(2005)第33・34話のバルタン回を平成、と便宜的に呼ぶことにする。そして、「危機意識」「犠牲者数」「子ども」の3点から考察してみたい。

・危機意識

 まず、昭和では核兵器への危機意識が強く感じられる。バルタン星人の母星は科学者の核実験のために滅んでしまった。また、ラストでは彼方での爆音と光、という原爆を想起させる演出に、不穏なBGMを被せている。これは、昭和の放映当時はまだ戦争の記憶が色濃く残っていたことや、冷戦下でのキューバ危機など、核戦争勃発の恐れを身近に感じていたことが大きい。

 対して、平成では環境破壊への危機意識が強く感じられる。環境を顧みずに経済を推し進めてきた結果、地球を汚してしまった人間。地球環境を蔑ろにしたまま、いま月や火星といった宇宙にまで汚れた手を伸ばそうとしている。宇宙から見たら、そんな人間は害悪である、というのがバルタン側の大義名分である。核戦争で母星が滅んだという設定は残しつつも、その部分は演出上あまりフィーチャーされていない。昭和期に高度経済成長を遂げ、環境を無視してきたツケが温暖化やゴミ問題、絶滅危惧種、公害、その他色々な形で顕在化してきた平成。明らかに問題意識がシフトしている。

・犠牲者数

 昭和では、バルタン側は全滅に近い被害を被る。第2話では約20億3千万のバルタンを乗せた宇宙船ごと爆破され、生き残ったバルタンたちが第16話で復讐するが、これも返り討ちに遭っている。一方、平成では、犠牲者数が格段に減る。『コスモス』ではネオバルタンが自爆を遂げただけに留まり、『マックス』では侵略してきたダークバルタンですら、元の姿を取り戻して生還。犠牲者ゼロという結果となった(人間側の犠牲に関しては描かれていないだけかもしれないが)。

 ただし、昭和の第2話のラストにおいても宇宙船の破壊をそのまま描くのではなく、ウルトラマンが彼方へ運び去ってからの爆音と光、という幾分マイルドな表現になっている点も見逃せない。これは飯島敏宏の持つ優しさの表れではないだろうか。飯島敏宏本人も、「あれは宇宙船をワープさせた衝撃音だった、と解釈してほしい」と弁解し、大量殺戮とも捉えることのできる演出を後悔したという。

 昭和の第2話は製作第1話。様々な設定を脚本に反映させなければならず、科特隊のキャラクター付けも任され、前代未聞の喋らない銀色仮面のヒーローを格好よく演出しなければならない、という逼迫した状況下、どうしても悪役の扱いを丁寧に収めるところまで手が回らなかったのだろう。とはいうものの、バルタン星人の「生命とは何か」という問いや、宇宙語、分身、光線、脱皮…といった演出の数々は、宇宙人として十分にセンス・オブ・ワンダー溢れるものだったし、子どもたちを惹きつける魅力に満ち満ちていた。

 平成ではCG技術とアナログ特撮の融合を図り、そんなセンス・オブ・ワンダーをさらに膨らませつつ、昭和では描き切れなかったバルタン星人にスポットを当て、視聴者とともに理解を掘り下げ、「本当は敵なんかいない」というバルタン問題の理想的解決へと近づけた。昭和の第16話でバルタン殲滅のために新兵器「マルス133」を使用した二瓶正也(イデ隊員)が、平成の『マックス』第34話ではダテ博士として「メタモルフォーザ」を開発、ダークバルタンの身体を元の姿に戻す活躍をしたのは実に感慨深い。

 もし令和となった今、再び飯島敏宏がメガホンを取りバルタン回を演出するなら、「バルタンと人類が友好関係を結び、共存している世界」というような、より理想的なビジョンを見せてくれるかもしれない。

・子ども

 昭和では、ホシノ少年が登場するが、大した活躍は見せていない。これは、科特隊のキャラ付けの方に比重を置いたため、ホシノ少年にまで手が回らなかったためであろう。バルタンとの折衝はすべて科特隊、つまり大人たちで行われる。イデの宇宙語は挫折し、ハヤタとの交渉は決裂してしまう(第16話ではイデが開発したパン・スペース・インタープリターが登場するが、バルタンの宣戦布告を翻訳するのみで、交渉は出来ていない)。

 一方、平成では、子どもたちが主体性を持って活躍する。『コスモス』では子どもの夢・願い・希望の象徴としてコスモスが登場し、バルタン側の子ども・シルビィと子どもたちの友好が描かれる。『マックス』においても、「嘘つき少年」と蔑まれながらも諦めずに訴え続けた子どもの活躍が、大人たちを動かす。バルタン側の子ども・タイニーと子どもたちの活躍により、マックスが復活し、銅鐸のようなアイテムによりダークバルタンを止めることに成功する。

 このことから、飯島敏宏が子どもたちに寄せる想いを感じ取ることが出来る。つまり、地球の未来を絶望するのではなくて、明るい未来を信じて夢を持ち、そこに向かって進むこと。他人任せではなく、主体性を持って自分たちで考え続けること。その中で打開策が生まれ、平和問題や環境問題が改善していくことを期待しているのではないだろうか。警鐘や風刺に満ちた作品の中に、ある種の希望が垣間見えるのは、子どもたちへ託した一縷の望みなのだ。

 センス・オブ・ワンダー溢れる空想科学で子どもたちの想像力を刺激し、夢を見せてくれた飯島敏宏。考えるきっかけを与えられた我々は、考え続け行動し続けることによって、ウルトラマンとバルタンが戦わなくて良い未来を迎えたいものだ。できれば彼が存命のうちに。

cf.)前編はこちら→http://ultra-7.blog.jp/archives/6859305.html

cf.)戦時中を生きた子ども時代の自伝的小説『ギブミー・チョコレート』についてはこちら→http://ultra-7.blog.jp/archives/7207373.html

cf.)『ウルトラマン』総論はこちら→http://ultra-7.blog.jp/archives/6642931.html

cf.)『ウルトラマンコスモス』総論はこちら→http://ultra-7.blog.jp/archives/5982670.html

cf.)『ウルトラマンマックス』総論はこちら→http://ultra-7.blog.jp/archives/5997988.html

[参考]
DVD『ウルトラマン』©1966円谷プロ
DVD『劇場版ウルトラマンコスモス THE FIRST CONTACT』©2001円谷プロ/映画ウルトラマンコスモス製作委員会
DVD『ウルトラマンマックス』©2005円谷プロ
Blu-ray『ULTRAMAN ARCHIVES 侵略者を撃て』©円谷プロ
『「ウルトラマン」の飛翔』著:白石雅彦 出版:双葉社
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